夫ファースト<Tさんのリアル>その2

お見合いしたその日に結婚を決めたTさん。
しかし、そこから数々の苦労が待っていたのです。

実はできちゃった婚

今、結婚して何年目ですか?

ちょうど10年目ですね。

実は、結婚前に子どもができてしまって。結婚式のときはもうお腹にいたんですけれど、

もう結婚することは先に決まっていたし、両親への挨拶ももう済んでいるから問題ないかなと思って。

 

今、Tさんは日本語の教師でしたっけ?

元々は日本語の教師をやっていたんですけれど、今は英語を教えています。

日本語教師では食べていけないなと思って、某英会話教室で講師を募集していたから、しばらくそこで働いていたのですが、会社的にひどくて。ここにずっといてもしょうがないなと思って。

もう後は勉強するしかないと思って、それで大学にいこうと。それも英語ではなく日本語でいきました。

結果的に、普通に英語を話せる人よりは英語の仕組みみたいなものをわかっていると思います。

 

その後は独立してご自身でやられているすよね?

そうですね。英語もやる気はなかったんですけれど、主人の仕事で2年間アメリカに行くことになったんです。

口では私も英語できるよって言っていたんですけれど、本当に役に立って、主人に英語を教えたんです。

そうしたら、できるようになったので、「帰ったら、お前は英語を教えろ。何かお金を取れ」と言われて(笑)

元々、語学をやりたかったんですが、通訳や翻訳はやりたくなかったんです。

通訳や翻訳以外で語学を活かせる仕事は何だろうと思ったときに、日本語教師だなと思って。

大学在学中にダブルスクールで日本語教師の資格を取ったんです。

それだけじゃ足りないと思って、教える仕事をやったんですが、それでも足りなくて28歳のときに大学院に行って。

その時に主人と知り合ったんです。

 

ADDだという診断を受ける

実は、長男を妊娠したときに、胎盤早期剥離になってしまって。体調的にとても大学院を継続できる状態ではなくなってしまったんです。

長男はちょっと大変な子で、自閉の傾向があったんです。

私自身も発達障害があって、ADDだったんです。

注意欠陥障害(Attention Deficit Disorder) – 注意欠陥・多動性障害の不注意優位型
wikipediaより

 

20代のうちからなんとなくわかっていたんですけれど、アメリカで診断を受けました。

診断が下ってから、主人が私をやっと理解するようになって。

それまでは、なんでこんなことができないんだっていうイライラがあったんです。

私が本当にできないんだということがわかって、そこから仲がよくなりました。

それまでは、子どもが小さくて、必死で、家は散らかるし、子どもは泣きながら片付けるけれど、片付かない日々が続き、大変でした。

 

ご主人が理解するまでには相当時間がかかったんですね。

私もそんなにできないとは思っていなかったんです。自分一人のときは、自分しか困らないので、そんなに困ってなかったんです。

遅刻しても自分がごめんなさいって言えばよかったんですけれど、子どもの幼稚園の持ち物とかになると、ごめんなさいじゃ済まないわけじゃないですか。それから、いろんな対処法を試しました。

 

ADDと診断される前からやっていました?

いや、診断された後ですね。

こんまりさんの片付け術をやりました。忘れ物などを防ぐためにいろんな方法があるんですよね。

ちょっとずつ試すとちょっとずつましになるんですよね。

発達障害そのものは改善はしないんですけれど、事態は少しずつよくなりました。

 

そのとき、ご主人はどうされていたんですか?

座る場所はあるんですけれど、リビングに入ってこないんですよね。

子どもは泣いているし、私は疲れ切っているし、帰ってきて、そのまま自分の部屋にこもって出てこない。

 

ご飯は済ませて帰ってくるほうが多かった?

済ませてくるほうが多かったですが、一緒に食べられるときはちゃんと連絡してと言ってあるので、カレンダーに食べられないときは×と書いておくことを決めておきました。

正直、余裕がないので悔しいとは思いますが、自分としてもどうしようもないんですよね。

全く余裕のない育児のはじまり

どうしようと考える余裕もない?

今でこそ、長男はいい子なんですけれど、夜泣きがひどかったり、小さく生まれたので体調がよくなかったんですよ。最初、NICU1カ月ぐらい入院していて。

当時、その子が大変な子だということがわからなかったんです。

次男が生まれてから、本当に子どもによって違うんだなと思いました。

 

結婚をして、お互いの当たりまえであることを摺り寄せていくことは難しかったですか?

私は無理だと思っていました。長男がちょっと難しい子だったので。

子育てはだいぶ勉強して、経験も積んでわかってきたんですけれど。

例えば、1回泣きだしたら40分くらい泣き続けるんですよ。

最初、普通の子より泣き止まない子なんだって思わなかったんです。だから、なんとかしなきゃいけないし、私が悪いと思っていました。

 

泣き止まさなければならないと思っていた?

そうなんです。あの手この手を尽くして、最終的には自転車の前の席に乗せて河原を走ったり。

本には、外に出たら泣き止むって書いてあるんですよ。気分転換に外出しましょうとか。

全くそれが通用しなくて、でもそれは体調が悪かったとか夜泣きの原因になるとか、なんかあるんですよね。

それをわからないでやっていたので、ちょっと必死すぎて。そうすると、いろいろ全部できなくなるじゃないですか。

私自身、周りが見えなくなってしまって。

主人は綺麗好きなんですよ。今でも自分の部屋の机だけは何にも置いてないんですよ。

だから主人としては耐え難かったと思うんですよね。

 

―結婚してから、ご主人の書斎はあったんですか?

仕事柄書斎は必要でした。なくてもいいけど、なかったら帰ってこないよということになるので。

大学勤めなので、授業や会議のない時のほうが本業なんですよ。

自分の本業の研究をやりたいので、家に書斎がなければ基本帰ってこないですよね。だから、一人で籠る場所があったのはよかったのかもしれないですね。

ご主人が籠られていることに対しては負担ではなかったのですか?

もう無理だと思うと返事をしないタイプだったんですね。

男性には多いですよね。無視することで対処するっていう。

私、無視されるのが耐えがたくって。これでは長く続かないっていう思いがずっとありましたね。

 

次回へ続く。

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